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☆まこりんの毎日が5月病☆

凝りもせずに日本一使いづらいMSNブログで読みにくいひとりごとをつぶやいてます(汗‥苦笑)
July 11

自分に合う水

っていっても、飲み物食べ物の話じゃないよ。
えっと、なにから話し始めたらいいかな?
まず俺は一応はサディストの「はしくれ」で、エロと女が大好きなどうしようもない成らず者なんだけれど(苦笑&大汗)
だからネットでもアダルトサイトも嫌いではないわけで‥
ただ、アダルトサイトっていっても
実際のところはその大部分がサイト運営者が一番美味しい思いをしようとしてるような、ど~しょ~もない、騙しリンクと広告の嵐のサイトばかりなんだけれども
俺が好きなサイトはそういうサイトじゃなくて、かなり良心的なサイトだっていうことで。
その中のひとつにかつてSMxSM db ONLINEっていうサイトがあった。
かつて‥あった、って過去形にしたのは、今はそのサイトはもうないから。
ここのオープンチャットはSMアダルトに関係なくどんな話でものんびりゆったりくつろいで話すことが出来て、俺にとっては本当に天国みたいな場所だった。
それが何年か前に閉鎖してしまって、その時は心から残念に思ったし寂しかったんだけれど、そう思ったそのサイトの利用者は俺だけじゃなかったみたいで、その中のひとりの猛者がなんとSMxSM db ONLINEに見た目が瓜二つのサイトを立ち上げてしまった。
その名もSMxSM db OFFLINE!
瓜二つなだけあって、サイトの運営方法もかつてのONLINEのサイト管理者の遺志(?)をしっかり受け継いでいて、サイト運営者よりも訪問者が一番楽しめる仕上がりになっている、良質なアダルトサイトのお手本みたいなところ。
でも、一度閉鎖されてちりぢりになってしまったオープンチャットの常連達は、かつてのようにはこのサイトのオープンチャットには集まらず、いつ覗きにいっても無人状態が続いていて俺はとってもさびしかったなぁ。
それが過日、偶然そのオープンチャットにかつて常連として参加していた人が2人在室しているのを見かけて思わず入室して話をしたんだけれど、いやぁ、本っっ当に楽しかったなぁ。エロ皆無のよもやま話だったけれど、そんな会話をまったり楽しめるアダルトオープンチャットって、最高ですよ♪。
そんなことがきっかけでまたアダルトサイト熱の焼けぼっくいに火がついた俺なだけれど
今回はそんな俺のお気に入りのアダルトサイトをいくつか紹介してみようかな?
 
まずはオープンチャットが楽しめるサイト。
さっき書いた通り、実はここのオープンチャットは今は事実上ほとんど無人状態なんだけれど、それでも有志が時折お留守番をしてるから、誰かが入っているのを見かけたら勇気を出して入室してみよう♪
みんないい人ばっかりだし、楽しい話が出来ること請け合いですよ!
面倒な登録が一切いらないところもなおさらGood♪
ここはかなり総合的な訪問者参加型のSMサイト。
女はともかく、男は会員レベルが上がらないとなにかと不便だし、で、その会員レベルも上げるのにちょっと手間がかかるから、そこの段階でクサる人もいるかも知れないけれど、そこをあきらめずにがんばってレベルアップすれば、それはもうとっても楽しくなること請け合い!
ここは無料登録制なんだけれど、登録したからといっておかしなメールが舞い込むことは皆無です。
 
お次はSNS。
アダルトSNSコミュニティサイトなんだけれど、紹介なしでも誰でもすんなり登録が可能。
個人的にはミクシィよりもこっちの方がだんぜん好き♪
ここもAMDS-SNSと同様のコミュニティサイトなんだけれど、ここは紹介が必要。
ちょっと覗いてみたなって人がいたら、コメント欄か掲示板にひとこと書いてもらえるか、またはこのブログ経由でメールで俺に連絡してもらえれば、エビバリィウェルカムで紹介しますよ♪
 
そしてそして
本格的にアダルトな世界を満喫したいチャットとしては
地域別アダルト2ショットチャットとしては、機能とにぎわいは出色のものあり。
にぎわいすぎていて男は部屋を取りにくいのが玉にキズ(苦笑)。
 
なぁんて感じでお勧めアダルトサイトを紹介してきたけれど
ここに挙げたサイトは、まじめな話まじりっ気なしの良質サイトばっかり。
アダルトサイトに興味がある人はぜひ訪れてみるといいと思うよ。
 
ちなみに俺はアダルトサイトには、通常、まこりんではなく、「MOND」っていう名前で参加してますですハイ(笑)。
June 17

す・わんだふる♪~上杉亜希子 LIVE in 半田山B♭

行ってきましたよ♪
我らがぶち、こと上杉亜希子の故郷浜松での、約1年ぶりとなる凱旋ライブに、ね。
場所は浜松市街からそれなりに離れたところにある半田山のライブハウス「B♭」。
ところで、今気がついたんだけれど、「B♭」っていうのは、なんて読むのが正解なんだろう?
ビーフラット?それとも、ベー??
う~ん、分からないなぁ。今度ちょっと調べてみよう。
まぁそんなことはともかく‥
なににしても東京近郊までなかなか遠征に出向けない俺としては久々のぶちライブだ。
し・か・も、ピアノが師匠こと世界の佐藤允彦と来たら、これはもう聴きに行かない訳にはいかないでしょう。
正直このデュオでのライブだったら、どう転んでも面白いライブにならないはずがなく、そりゃあ期待値もハネ上がろうっていうもんです。このへんは当日会場に足を運んだお客さん全員がそう思っていたに違いないと俺は確信していますよ。
仕事を定時に終えて速攻でかけつけると、例によって俺が一番乗り。
入り口のドアに背を向け、iPodで○○の○○○○を聴きながら(汗)馳星周の「生誕祭」下巻を読んでいると、なにやら背中でドアが開く気配。?と思って振り返ると、あ、こりゃまった、佐藤師匠とぶちさんが笑顔で歓迎してくれているじゃ、あ~りませんかっ♪(by チャーリー浜)。ライブだとこういう時にこんな風に出演者と気軽に旧交を温め合えるフランクさがたまらなくうれしい。フランクっていえばフランクフルトなんだけれど(?)、フランクフルト行きの旅客機に乗って外人のスチュワーデスさんに「Frankfurt?Hamburg?」って行き先を確認されてるのに機内食サービスと勘違いして思いっきり「ハンバーグ♪」って答えて行き先違いの旅客機に乗り換えさせられたっていうトホホな話はどこで聞いたんだったっけ?う~ん、思い出せないなぁ(汗)。それにしても東名高速のサービスエリアのジャンボフランクはまいう~!!
閑話休題。
会場がオープンして中に入るとだんだんと知った顔が増え始めるのはいつも通りなんだけれど、今回はゴッドファーザー岩田氏の姿はなし。っていうか6月10日の浜松メイワンで岩田氏とは会っていて、その時に「B♭には行けないけれど、佐藤師匠によろしくっていっておいてネ。」と、あのいたずらっぽさと凄みが同居したチャーミングな笑顔でお願いされていたんだった。なのにまぁ色々ありましてですね(恐縮)、結果的には佐藤師匠には岩田氏の伝言は伝えず終いだった訳なんですよ(平謝り)。なのでこの場を借りて、ちょっと大き目の文字サイズで書いておきます。
佐藤師匠、岩田さんがよろしくとの事でした。
なんやかやで会場がワイワイガヤガヤと和やかな雰囲気に包まれていると照明暗転。水色の地に青い換気扇(by のん太さん♪)‥もとい、プロペラをちりばめたシャツを着た佐藤師匠が登場してセロニアス・モンクのWell, You Needn'tでライブがスタート。グルーヴ感といいスピード感といい、師匠の演るモンクは、もう文句なしの出来栄え。ん?モンクなのに文句なしとは、これいかに?などとつまらない親父ギャグをいってはいけません。いい落語は枕からしてもう絶品なように、いいライブもオープニング曲からしてもう絶品だという、これが見本&手本のような演奏でした。
師匠の演奏はその後Danny Boyに移り、3曲目には童謡?(唱歌?)の4丁目の犬を師匠自身がアレンジしたA Dog of 4th Streetが披露された後、曲目の犬つながり(?)で本日の主役ぶちこと上杉亜希子が登場。
去年のヤマハ鍛治町でのライブ同様、今回もスカートやドレスではなく、軽快なパンツスタイルのぶち。キャラクターとカラーがステージ衣装にもしっかり定着し始めてますね。ヘアスタイルも髪を後ろに引っ張ってまとめて、そこにドレッドのウィッグをつけるラテン色の濃いもの。ヘアスタイルっていえばぶちはニューヨークで本当にドレッド編みを2時間コースのSMプレイ(当人のMCによると、あれは編み上げている間、もう本っ当に髪が引っ張られづめでもんのすごく痛いんだそうな)の末に施してもらったそうなんだけれど、この日のライブの前夜にすっかりほどいてしまったとの事で、あ~生でぶちのドレッドヘアを見たかったなぁ。あっそうそう。オープニングナンバーはDay in Day outでした。
いつもなら演奏曲目をつつみもらさずにここに表記するところなんだけれど、今回は実はステージ写真の撮影にも挑んでいて、ライブを聴きつつ写真を撮りつつっていう状況だったから、曲目の完全フォローは無理です(大汗)。なにしろ俺は馬鹿なもんで、一度にひとつのことしか出来ず、それを聴く&撮るを同時にしている訳だから、それに加えて覚えるまでには到底至らないっていう訳なんですよね。
実はぶちと師匠は今回のライブの直前に豪華客船飛鳥Ⅱの世界一周クルーズで海賊行為(招かれて船内でステージを披露するっていう事ですね)を行なっていて、その帰り道すがらさっき書いたようにぶちはニューヨークに寄って本場のドレッドヘア編み体験をしてきた訳なんだけれど、その船内ステージっていうのが45分ガーシュウィンヒットパレードで、オープニングとエンディングが佐藤師匠によるラプソディ・イン・ブルーで、その間にサンドされていたのがぶちのヴォーカルによるガーシュウィンメドレーっていう事で、この日のライブでは、そのガーシュウィンメドレーをたっぷりしっかり聴かせてくれました。
俺はラプソディ・イン・ブルーもそうだけれど、巴里のアメリカ人とか、とにかくガーシュウィンが「お気に♪」
だから、これには完全にノックアウトされてしまった。だってそうでしょうが。俺は外国映画が大好きなんだけれど、外国映画が好きっていうことは、まぁ大体がメイド・イン・ハリウッドの映画が好きっていう事になる訳で(いいのか?決め付けても?‥苦笑)、っていうことはハリウッド~ミュージカル~ガーシュウィンの黄金三角(ゴールデントライアングル)の図式は、もう外せない訳ですよ。
本当かウソかはともかく、アメリカ人にとっては、ヨーロッパみたいな歴史がないことが密かなコンプレックスらしいんだけれど、逆に大西洋によって欧州の歴史からスパっと鮮やかに切り離されていたからこそ、アメリカにはガーシュウィンのような瑞々しい感性の音楽が生まれたんだし、これって最高に素晴らしい事だって思う。今のアメリカは、ある意味世界の問題児(?)で国としては完全に斜陽化しているけれど、かつてはアメリカとその文化は少なくとも日本人にとっては憧れそのもので(緑の芝生と白い邸宅。TVにキャデラックに大きな冷蔵庫♪それにもちろんジャズも、ね♪♪)、俺の中ではそんな憧れの象徴としてのアメリカにガーシュウィンの音楽は、もうこれ以上はないっていうくらいにぴったりシンクロする訳なんですよ。っていっても、もっと正確にいえば、ガーシュウィンの端正な音楽は今書いたみたいな緑の芝生や白い邸宅に見られるロス的なイメージよりも、もっとNY的な摩天楼のイメージの方がより近しいんだけれど、それはともかく、その素敵な素敵なガーシュウィンのナンバーを、それも名曲の釣瓶(つるべ)落ちのメドレー形式でぶちが歌いあげてくれるんだから、俺としてはこれ以上の幸せはありません♪
欲をいえばIt Ain't Necessarily Soを演ってほしかったなぁ、とか、あと、これはこのメドレーが出来立てのホヤホヤだっていうこともあってか、途中何箇所かぶちがヴォーカルの出だしを探る気配があったんだけれど、こういうことはこのデュオでガーシュウィンのメドレーを聴くことが出来る幸せに比べたら瑣末事に過ぎないから、まぁ今回は大目に見てあげましょう(威張り‥笑)。あ、それから、出だしを探るっていえば、一箇所これはもしかしたら完全に出だしを間違えたかな?っていうところがあったけれど、これについては俺の思い過ごし&聴き違いかも知れない(一転して恐縮)。いやぁ、ジャズは奥が深くてむつかしいですよ。
しかしそれにしてもこの1stセットの密度の濃さっていったらなかったなぁ。ただでさえぶちのライブは中身がギュっと濃縮されて詰まっているのに、それに加えてトータルなコンセプトがステージに寄与する影響力たるや、そりゃもう、凄いものがありますよ。このボリュウム満点の1stセットの余韻にたっぷりと浸りながらも、あ~この後もう1セットあるなんて‥っていう美味し過ぎる贅沢感を味わえる幸せっていったら、もう、ね。言葉にならないですよ。
2ndセットも佐藤師匠のピアノソロ3曲からのスタートだったんだけれど、個人的には2曲目に演った美空ひばりの林檎追分がgoodでしたね。こういうイタズラが出来るのもジャズならではっていう感じで、時折使われるメロディラインのフレーズでなんとか原曲を特定出来るものの、後はもうやりたい放題(笑)。メロディラインをしっかり残しているところと、曲の解体と再構築がかろうじてきりぎりモダンジャズの領域にとどまっていたのは佐藤師匠のサービス精神&親切心なんだろうなぁ。こういう風に演奏する曲の端々に佐藤師匠の暖かい人柄を見出したりすると、本当に心からほっとする訳なんですよ。その反面、曲の解体と再構築をフリージャズの領域にまで広げたらどうだっただろう?なんていう想像もしてしまったりして、前日の浜松銀座ライオンでの佐藤師匠のライブに足を運ばなかったのをかな~り後悔したりして。
ぶちが登場してからはグレン・ミラーのMoonlight Serenadeやヘンリ・マンシーニのMoon Riverなど月にちなんだ曲からスタート。
考えてみれば1stセットのガーシュウィン・メドレーに続いてお月様の曲を揃えるのもかなり明確なトータルコンセプトの打ち出しだっていえるかも。特に見もの(聴きもの)だったのがMoonlight Serenadeで、定番の英語の歌詞に加えてイラストレーターの和田誠が訳した日本語の歌詞が飛びっきり官能的で俺はもうこの1曲を聴けただけでもこのライブに足を運んで大正解だったと思いましたよ。官能的っていっても、別にエロティックな訳じゃありませんから念のため。例えば、そう、とびきり美味しいワインを飲んだ時に「このワインの味と香りは官能的だっ!!!」っていう風な、そんな意味合いですから。まるで旧き良き恋愛映画かなにかをほうふつとさせるような実にゴージャスかつロマンティックな日本語訳は、さすがに筋金入りの映画マニアでもある和田誠ならではで、俺の大好きな作家でもある筒井康隆の邪眼鳥や美藝公の世界を強烈に思い出してしまいましたね。
他にもぶちの1stアルバムからのLove DanceやVera Cruzなんかも聴けたりして、ぶちのライブレビュウではいつも書いていることなんだけれど、こういう曲を聴くと、本当にぶちは自分の持ち歌を真心を込めて歌い込んでいるんだなぁっていうのが、理屈を超えて、聞いている人のハートにダイレクトに伝わってくるから嬉しいし素敵だね。つまり、本人の成長がしっかりと曲の進化(深化)になって表れているっていう事なんですよ。こんな風にぶちが持ち歌を愛しているのが聴いてる側もよく分かるっていうのは本当にライブを演る側にとっても聴く側にとっても最高に幸せなことだなって思う。
この日他に特に印象に残った曲は実はあと1曲あって、前フリのMCを聞いている限りだとてっきり2ndアルバムに入っているこころなんじゃないかと思っていたらさにあらずっていう感じで、このハズしは多分意図的に狙ったものだろうなって思うんでこれからこの曲をライブで聴く人のためにここでのネタバラシはしないでおくけれども、はっきりいってこういう分野の曲は今までぶちは歌わなかったと思うから、正真正銘の新境地ですよこれは。佐藤師匠もこの曲は本当に楽しそうに演奏していて、聴いているこっちも曲が始まってから終わるまでニコニコしっ放しでしたね。
この日のライブ全体を通して感じられたのは、少しずつ少しずつぶちが丸くなってきているなっていう事。あっスタイルのことじゃないよっ(汗)。ぶちはこの日も相変わらず綺麗でチャーミングで可愛い女性でしたから。俺が丸くなったっていうのは、そういうことじゃなくって、う~ん、なんていったらいいのかなぁ。こういう時に音楽的な表現に堪能なら的確な言い回しが出来るんだろうけれど、俺はあいにく馬鹿なもんでそういう器用なことは出来ないんですよ(汗)。
例えば、道路じゃなくって飛行場みたいな、とてつもなくだだっ広い場所があったとして、そこにスタート地点とゴール地点を設けてその間を車で走破するっていうのを考えてみると、今までのぶちのヴォーカルっていうのは、わりと一直線にアクセル全開でスタートしてゴールするっていう感じだったような気がする。
それが、この日のぶちは、今までみたいにとにかく最短距離でゴールを目指すんじゃなくって、途中の要所要所でわざと軽くハンドルをきってゆるやかに蛇行したりして、ドライビングそのものを楽しんでいるような雰囲気があったように感じられた。
いい車っていうのはエンジンの性能はもちろんシャシーや足回りも良くって、そういう車を運転する時にはアクセルを踏むだけじゃなく、逆にブレーキを踏む時もボディの剛性感に信頼を覚えたりハンドルを切る時も足回りのしなやかさを味わえたりする訳で、そういうブレーキ操作やハンドル操作の楽しさっていうのはただ単にアクセルを踏んで一直線にゴールを目指しているだけじゃ絶対に味わえないものなんだって思う。
デビュウしてからずっとぶちは素直さやストレートさを持ち味にしてきたようなところはあると思うけれど、人間いつまでも新人じゃいられないし、素直さやストレートさももちろん大切な要素ではあるんだけれど、それに加えてなにかプラスアルファになる新しい要素もだんだん必要になってくる。ここで重要なのは自分の核となる個性を大切に育み磨き上げながらも同時に自分に深みや味わいや彩りをあたえる要素をしっかりと選択して少しずつ身につけていくっていう事で、この日のライブを聴いていると、ぶちはプラスアルファの導入に成功しつつあるように感じられる。それがさっき書いた、一直線にゴールを目指すんじゃなく、わざとハンドルをほんの少し切ったりしてみるっていう事なんだよね。
ぶちの持ち味は情熱的なところやパワフルさだって思うけれど、これって車に例えるとアクセルを踏むことで得られる加速感やGなんじゃないかな?ぶちのライブの楽しさはこのパワフルさを存分に味わえるところにあるんだけれど、かなり厳しい言い方をしちゃうと、ライヴ全体に対してパワフルさや情熱的なものが占める割合が今はすごく大きいな、とも思う。
いくら腰に差した刀が名刀村雨だったとしても、だからっていって四六時中刀を抜き払って振り回していたんじゃ、ちょっとアレかな?とも思うし、そうじゃなくって、いつもは何気に涼しい顔して刀を鞘に収めたままにしておいて、いざという時にスラリと抜き放つことで、名刀はさらにその輝きを増すはずだって俺は信じてる。これをぶちのライブに当て嵌めて考えてみると、どれだけタメて、ここぞっていうポイントでアクセルを踏み込めるかでぶちの持っているパワフルさや情熱的なものは今よりももっともっと輝くはずだって思うし、効果的にアクセルを使うには、普段はわざとタクシーみたいにジェントルに運転したり、アクセルとは逆にブレーキをかけたりっていうのも効果的な気がする。
で、スタートからゴールまでの間に軽くハンドルを切ったりする話に戻るんだけれど、ハンドル操作を楽しむためにはそれなりにブレーキを踏んだりすることも必要で、こういうハンドル操作やブレーキ操作を積極的に取り入れることで、アクセルの効果はますます増大すると思うし、ぶちがそんな風に少しずつライブにタメや切り返しを入れ始めたことは、だからすごく正解なんじゃないかな?って思う。
今回俺は例としてだだっ広い飛行場みたいな広場をイメージしたんだけれど、それって結局平地な訳で、本当にドライブを楽しむんだったら、行ったことはないけれどヨーロッパの丘陵地帯とか箱根の峠道みたいにカーブやアップダウンが続く道の方が絶対にドライブしていて楽しいはずで、ぶちの今後に期待するとしたらぜひ飛行場の平地から丘陵地帯や峠道のドライブに相当するようなヴォーカルのメリハリが感じられるライブを聴かせて(魅せて)欲しいなって思う‥なぁんて、また身の程もわきまえずにエラそうなことを書いてしまった(大汗)。
アンコールで歌ってくれる雄踏音頭って、たぶん静岡県西部のライブ限定なんだろうね。これって演る方もすごく新鮮で楽しいだろうし、聴く方としても思いっきり優越感が感じられたりして(笑)。あっそれからこの日売り出されていた佐藤師匠の最新アルバムROCKING CHAIRは師匠初のヒーリングアルバムっていう事でスタンダードナンバーがいっぱい入ってる美味しい名盤♪ってか、そうでなくても佐藤師匠のアルバムは俺にとってはデフォルトでヒーリングアルバムなんだけれど、今回はさらにシルキーさに磨きがかけられていて心地良いことこの上ありませんよ。これをここまで読んでくれた人にはぜひ買ってみることを強く強くお勧めします。だまされたと思って‥なぁんてことはいいません。なんてったって佐藤師匠のアルバムなんだから、だましようがないじゃありませんか。
‥と、まぁそんなこんなで色々書いてきたけれど、今回も100点満点中120点満点(?)の素敵で美味しくって楽しくってハネたあと心から幸せになれるライブでした。ちなみに120点の内訳の+(プラス)20点は相変わらずスベり気味ハズし気味のぶちのMCジョークへのご祝儀の点数ね(笑)。こんなに魅力的なぶちのライブを定期的に聴くことが出来る首都圏在住の人達が本っ当にうらやましい限りですね。
最後に個人的なことをちょっと書いておけば、2ndセットの途中から鈴木麻美さんっていう浜松を中心に活躍しているジャズヴォーカリストがお客さんとして来て、俺はこの人のステージも好きで機会が許す限り足を運ぶようにしているんだけれど、その麻美さんが俺の隣りに座ってくれて一緒にぶちさんのライブを聴くことが出来たのもうれしいサプライズだったなぁ。
佐藤師匠のピアノが聴けて、ぶちのヴォーカルを聴けて、麻美さんにも隣りに座ってもらえて、本当に本当に幸せなひとときでしたっていう事で今回のライブの感想文を締めたいと思います。本当はブログタイトルの変更に伴って、もうレビュウ関連のブログは書かないようにしよう、UPしないようにしよう、なんて思っていたんだけれど、なんてったってぶちのライブなんだし、それよりなにより木曜日から金曜日にかけて拙サイトやこのブログに「上杉亜希子」「ぶち」「ジャズ」「まこりん」なんかのキーワードで検索をかけてくれる人がいたりして、これはもう書かない訳にはいかないでしょう、みたいな感じで失礼千万な駄文ではありますがこうしてブログに感想文をUPさせてもらいました。もし読んでいて気分を害される人がいるようでしたら、この場を借りて平に陳謝したいと思っています。まぁ折り紙つきの阿呆が書いている文章なんで、何卒お許しを願いたいものです(大汗&恐縮)。

June 13

君に語りかけたいこと~母親の首を切断した少年へ

俺という人間は自他共に認めるルーズ&ズボラな野郎なのだが
それにしてもブログとミクシィはひどいグダグダ状態だ。
6月からミクシィはともかく、ブログを週1更新しよう♪
などと心に決めていたのに、早くもこのありさま。
しかもせっかくコメントを書いてくれたnostalgiaさんにレスもつけられず‥
一体全体、そんな風に動きがとれなくなるほど
それほど忙しいのか?といえばこれがさにあらずで
2ちゃんねるなどはしっかり熱心に毎日閲覧し、しばしば書き込みもしているし、某写真情報サイトでは、投稿された作品に丁寧に感想や意見のレスをつけているというありさまで(大汗)。
お前はヒマなんかい?それとも忙しいんかい?と自分にツッコミも入れたくもなろうというもので‥
いかんいかん。これではいかん。えぇもういけませんよまったく、ね。
そこで一念発起してこうしてブログを書き始めてはいるのだが
外はすさまじい豪雨と天が割れ地が裂けそうなほどの雷。
そんな時によりによってPCの電源を立ち上げてなにかをしようなんて
もう、ね。アホかと。バカかと(苦笑)。
大体そんなにグワンバったところで、
こないなブログ誰が読むんやっちゅうねん!怒るでしかし!!(by横山やすし)。
 
それにしても本題に入る前に少しだけ触れておきたいのはコムスンの問題。
大体ディスコを経営していたような人間が老人福祉の分野に乗り出すというのを何年か前に聞いた時から、俺は腹の中で
「お前、老人福祉をナメてるのか?ディスコと同じチャラチャラした時流ノリでこういう分野にお前みたいな人間には参入してきて欲しくないんだよ!!」
と思っていたのだが、今回の一件で案の定やりやがったか、といった感が強い‥
が、それより何より俺がいいたいのは、社保庁の年金問題をまた蒸し返すが、厚生労働大臣の柳沢さんの恥知らずなダブルスタンダードぶりだ。
生保損保の不払い問題については徹底的に究明して明らかにしろといっておきながら、社保庁の年金問題についてはマスコミに情報を出すな!と緘口令を敷くという信じられない「他所には厳しく、身内には甘い」醜態を晒したのが他ならぬ柳沢さんだが、その余韻も覚めやらない今の時期にまたやってくれました。
社保庁についてはどんどん廃止して新しい省庁を作り(でも、中で働く人間は全く同じ)「え?年金問題?あぁ、あれは以前あった省庁が起こしたミスで、今の省庁とはなんの関係もありませんよ!」と開き直らんがための法案をプッシュプッシュして衆院を強行採決で通過させておきながら、コムスンについては、「名義変更だけしてすませるのは責任逃れ。これはいかがなものか?」と来たもんだ。
こういうのを大っぴらに見せ付けられても、まだ自公両党に票を投じようとする人間がいるのだから世の中のいわゆる「普通の人達」が考えることは本当に分からない。
「普通の人達」といえば、最近は一億総ブロガー化時代で、ネコも杓子も(今時杓子なんて使う人がいるんだろうか?)ブログを立ち上げ、しかもなぜか「評論」(?)ブログが花盛りな昨今。
面白いのは映画マンガ音楽はてはTVドラマに至るまでの、観るということについての敷居が低い媒体についてのブログは本当にもう掃いて捨てるほどネット上に溢れているのだが、小説などちょっとでも頭を使う媒体が相手のブログはほとんど皆無に等しいという事実。
聞けば今では「マンガが理解できない子供」すら増えているらしく、「一億総ブロガー化」とは「一億総阿呆化」とやはり同義であったかと深く納得する今日この頃。
そんな風にネット上に溢れるブログに目を通せば、まぁどれもこれも似たか寄ったかの小学生が書いた出来の悪い読書感想文状態のオンパレード。
こんな状況を見て俺のような成らず者は、あぁ今の「普通の人」っていうのは、実際のところこんな状況なんだなぁ、と面白おかしく楽しむことしきり。
小さい頃から出来るだけみんなの中に溶け込んで、とにかく目立つことをせず、主張すべき自己のカケラもなく、個別の生きる目的も目標もないままただ時流に流され続ける烏合の衆=普通の人。
そんな普通の人などいない。ちゃんと見てみれば一人ひとりみんなそれなりに個性を持った人間なんだ!という言葉が砂上の楼閣のように空しく聞こえるほどののっぺりした無個性化がどれだけ深刻なのか?を指し示しているいい例が、だから今あげた一億総ブロガー化によってネットに蔓延するコメンタリーブログの山なのだよなぁ。
母親を首チョンパしてしまった少年については、まぁ法的に裁かれることは必然としても、少なくとも無個性集団に属していない分、ネットに小学生の出来の悪い作文レベルのコメンタリーブログをたれ流している連中よりもはるかに「人間」としては優れているともいえるだろう。
あの少年の心の中にある辞書はいびつで、人として当然持ち合わせていなければならない情の部分が著しく欠落している訳なのだが、これはあらかじめ欠損していたというよりも、少年自身が意図的にその情の部分を思いきり大胆に自分の辞書から削除したと見るのが一番正解なのではないか?
それが社会的に受け入れられるかそれとも拒絶されるかはともかく、少年には少年の思い描く生き様が明確にあった訳で、その生き様に則って生きるためには、情は少年自身の手によって少年の心の辞書から削除されなければならないものだったに違いない。
それがいい事であれ悪い事であれ、やりたいことをやれるだけやり通せる人間は決して多くはないが、少年は自分のやりたい事を、とりあえずはとことんやり通してしまった。この自己実現のエネルギーについては、俺は素直に褒めてあげたいと思う。
今回俺がここまで書いてきている文については反論拒絶が大いにあるだろうが、これは俺が意図的にわざと少年と同じ地平線に立って話を進めているからで、この状態のまま話を進めさせてもらうが、正しいか誤りか、良いか悪いか、ということでいえば少年のした母親殺しと首切断は誤りで悪いに決まっているのだが、人間の己の存在意義を問う主張としてアリかナシかという観点から見れば、これはやはりおおいに「アリ」だという結論を下さざるをえない。
ただ、いくら人間の可能性は全方位的に無限に発展可能だといっても、それを他者と共有出来るものにしていかない限りその行為はどこまでいっても「人間の行為」とは呼ぶことが出来ないわけで、自分の可能性や存在意義をそんな風に他者と共有出来る形で具現化することが「社会生活を営む」という事なのだろうな、とも強く思う。
この少年は、自分の意思や思想を具現化する道を急ぎ過ぎてしまったのだ。
学校を卒業し、社会に出て、自活&自立することを覚え、恋をして、それからでも意思や思想を具現化するのは遅くなかっただろうし、実際そこまで意思や思想の具現化にストップをかけ続けていれば、出す答え(殺人)もおのずから違うものになっていだだろうとも思う。
今後この少年が「人間」と「社会」の意味に気付き、その関係を理解した、その時から、この少年の本当の人生が始まるのだろうとも思うが、反面、この少年に「その時」が本当に訪れるのかどうかについては、なかなかにむつかしい部分もあるだろう。
そういったことを踏まえたその上で俺は、少年がおこした行為とその結果について、どっしりと腰をすえて「ほぅ、それで?」と受けて立つのがある意味大人の対処なのだろうと思うし、少年に向かって「お前、なんて事をしたんだ!」と、その横っ面を張り飛ばすのは、殺人という結果が先に出てしまっている以上、少年が自分のした事を客観的に理解出来るようになってからでも遅くはないだろうと思うのだが、さて、いかがなものか?
俺的に一番うんざりなのは、「なぜこんなことをしたのか信じられない」という、マスコミが得意とするお決まりの思考停止なワンパターンリアクションだが、実際、一億総ブロガー化=一億総阿呆化の社会情勢を見るにつけても、そういうリアクションが世論の大多数を占めるんだろうなぁとも思う。
以上、今回は時間がないせいもあって消化不良&危険思想的なブログになっちゃいました(汗)。
 
May 28

見失いたくない本質~一番の問題は?

不払い未払い、それに支払い不足で生保・損保業界に激震が走ったのは、たぶんみんなまだ覚えているんじゃないかな?って思う。
トップの首がポンポン飛んだし、管理職は総出で記者会見で頭を下げていたし、ね?
あれ、損保と生保を合わせて問題になった支払い事例の件数って確か70万件とか80万件だったと思ったけれど、違うかな?まぁ多分そこらへんの数だったと思うよ。
最初にこの問題に火種が点いた時に、徹底的に調べろ!!って檄を飛ばしたのが厚生相の柳沢さんだったっていうのは、う~ん、これは知らない人、覚えていない人も多いんじゃないかな?
まぁ色々と複雑な話ではあるんだけれど、俺はバカだからそこらへんがよく分からない。だから、俺の分かる範囲で書くけれど、とりあえずマクラとして振った話のキモは、不正の数字が70~80万だっていう事と、それを徹底的に調べるように指示したのが柳沢さんだっていうことの2点だね。
で、今回俺が言いたいのは、社会保険庁の年金不明件数5000万件の話。
年金の不払い未払い、それに支払い不足の件数が5000万件って、正直、どうよ?
生保損保がガタガタになるまで揺れた未払い騒動ですら、70~80万件だよ?
それも、この5000万件っていう数字。これが支払い不足の件数の総数だと思っている人が多いんだろうけれど、はっきり書くよ?
これは総数でも何でもないからね?
じゃあ一体なんの数字なのか?っていうと、「これ以上問題が大きくなると収集がつかないから」と思ったからなのかどうか分からないけれど、「今後これ以降は問題件数の数字の発表はまかりならん!」ってストップがかかるまでに明るみに出た数字なんだよね。
だから、多分だけれど、もっと調べれば、最終的には下手をすると5000万どころの騒ぎじゃない数の支払い不足と未払いがあるんじゃないかな?
ちなみにこのアンビリバボーな失態をしでかした社会保険庁っていうのは、厚生労働省の一部で、「今後これ以降は問題件数の数字の発表はまかりならん!!」っていって情報を闇に隠蔽したのは、その厚生省を統括する大臣、つまり厚生相の柳沢さんだっていうから、もう笑うしかない。
損保とか生保とか自分の身に火の粉が降りかからない場所での問題点は「徹底的に洗い出せ!!」なんて偉そうな指示をカッコつけて出しておいて、いざ自分の身に火の粉が降りかかる社保庁(厚生省)で同じ問題が起きると、「公表するな!!」だもんなぁ。
こんなに杜撰でデタラメな管理をして、明るみに出ているだけでも5000万件の支払い不足を発生させておきながら、年金を払わない人間には法的な罰則を設けよう!!なんていってるし、ど~なってんの?
この件については書きたいことは山ほどあるけれど、俺がいちいち書いたり説明したりするより、これを読んだ人は、ぜひ自分でネット検索して、この問題がいかに深刻かを見極めて欲しいと思う。
もっともっとこの問題が世論の焦点にされなければいけない、まさにその時に晴天の霹靂のように飛び込んできたふたつの訃報。それが
松岡農水相の自殺
酒井泉水の転落死
だね。
なんていうか、もう、ね。先が読めてしまう訳ですよ。
農水相やZARDの方が絶対に年金問題より一般受けするだろうし、そういう、一般受けするかしないかっていう部分でしか動かない国民なんだよね。俺も含めて、みんな、さ。
問題の規模と深刻さの度合いからいったら、自殺すべきは松岡さんよりもまず柳沢さんなんだけれど、ね。
空しい願いかもしれないけれど、このふたつの死に揺らぐことなく、年金不明金の問題は徹底的に追及され議論されてほしい。
国を信じて長い年月、血と汗を流して納め続けてきた年金が支払われないなどといった前代未聞な不測の事態は、断じてあってはならないのだから‥
May 20

なに言ってンのか分からないですよぉ(汗)~集団的自衛権

俺も記憶力がよくないからさぁ、なんつ~か、うろ覚えなんだけれど、
確か安倍総理がTVでこんなこといってなかった?
 
「アメリカに、もし核ミサイルが打ち込まれたとしたら、日本がなにもしないで、それを黙って見ていてもいいのでしょうか?」
 
いいのでしょうか?っていわれたって、ねぇ?
アメリカが攻撃されるのと、それを日本が防ぐのと、ど~ゆ~関係があるのか、お馬鹿な俺にはもぅ、さっぱり分からんですよ、ハイ。
アメリカはアメリカ。他所様は他所様。日本は日本。しょせん他人、もとい、他国じゃん。
なんでアメリカとどっかの国の紛争に日本がおっとり刀で参上せねばならんのよ?
そう思って調べてみたらですねぇ。まぁ、色々と分かった訳ですよ。
まず最初に、日本には軍隊がなくって、だからアメリカ軍に日本各地に駐在駐留してもらって、それでアメリカ軍に日本を守ってもらってるっていう既成事実がある、と。だから、守ってもらうだけでなにもしないのはおかしいんじゃないか?と。そんな訳で、逆にアメリカが攻撃されるような事があったら、今度は日本がアメリカの手助けをしましょう、と。まぁそういう事らしいんですねぇ。
でも、だよ?
日本に軍隊がないのは、日本国憲法で日本は軍隊を持たないっていってるからだし、日本国憲法にその文言を強制的に盛り込ませたのは、他ならぬアメリカなんだよね。その理由も、「もしまた日本が軍隊を持ってアメリカに戦争を仕掛けてきたらえらいこっちゃでぇほんまにぃ」っていう理由からその文言をアメリカは占領軍として日本国憲法に盛り込ませた訳でしょう?だったら日本に軍隊がない責任はアメリカにも多大にある訳で、だから、軍隊がないから俺達アメリカがお前達日本を守ってやってるんだっていう理屈って、そもそもがアメリカの勝手な言い分に過ぎないってことになるンじゃないのかな?
ただ、ここで百歩譲って、憲法の解釈やその成り立ちを横に置いたとして、まぁ実際に日本の色んな場所にアメリカ軍の基地があって、だから相模大野の一部がカリフォルニアだったりして(笑)、そういう矛盾はまぁいいとしても、それだけアメリカ軍が実際にそんな風にして日本を守ってくれてる。だからアメリカが危ない時に‥っていう理由を振りかざす日本人がいたりする訳なんだけれど、ここでも疑問に思うのは、そういう日本人達がいう、「アメリカがこんなに色々してくれてるのに日本はアメリカに対してなんにもしなくていいのか?」っていう理屈。そういう理屈をほざく日本人に俺がいいたいのは、
一体日本が毎年どれだけ莫大な額の思いやり予算を米軍のために使ってると思ってるんだっっ!!!
って事なんだよ。駐留軍の土地使用代とか、基地建設費とか、その他もろもろの費用って、はっきりいって全部日本が負担してるんだよ?いい?貸してるんじゃないんだよ?全額ロハ(只)でアメリカにくれてやってるんだよ?
これだけでも、守ってもらう事がチャラになる以上の貢献を、日本はアメリカとアメリカ軍に対してしてやってるじゃん。
その上でなんで集団的自衛権の解釈を変えたり定義を変更したりしてまでアメリカと他国の紛争に日本が首をつっこまなくっちゃいけない訳?
大体さぁ。集団的自衛権って、ちょっと長い言葉でむつかしそうな感じだけれど、よくよく見てみると、「自衛」なんだよね。
自衛ってさぁ。平たくいっちゃえば、自分(の国)を防衛するっていう事でしょう?ってことは、だよ?日本の本土が攻撃されました、だから日本は攻撃してきた国に対して自衛手段を取ります、っていうなら分かるし、アメリカの本土が攻撃されました、だからアメリカに日本は味方しますっていうのも、分かりたくないけど、まぁ、そこは大人の世界っていうことで(苦笑)、分かったフリもしてあげてもいいけれど、国連の決議を無視してアメリカ(ブッシュのド阿呆)が勝手に起こしたイラク戦争の後始末でイラクでアメリカ軍が攻撃されて、それに対してアメリカ軍が反撃するのって、自衛?もともとアメリカはイラクが悪いことしてるって決め付けて国連を無視して一人(一国)で暴走して戦争を起こした訳だけれど、イラクが無実だっていうのは今はもう世界の常識じゃん。そんな風に被害妄想で他国に難癖つけて、それでその国まで行って戦争して、その後始末で残留してる軍隊が攻撃されたのに対して反撃することまで「自衛」になるんだったら、なんでもアリになっちゃうじゃん。
せめて集団的自衛権の行使は、日本かアメリカ本土が理不尽に攻撃された時だけに発動するように制限や規制をしっかり設けておこうよ‥なんていう風に俺なんかは考える訳なんだけれど、安倍総理をはじめとする日本の一部のお偉いさんは、「アメリカが核攻撃を受けたときに‥」なんて本土攻撃っぽい話をしながらも、実際のところは思いっきり戦争賛成派に偏った人選で私設の懇親会(?)なんかを設けて、イラクにいるアメリカ軍を守って日本が軍備を使って攻撃出来るように集団的自衛権を変えようとしてる。なぜ?どうして?俺にはなに言ってンのかさっぱり分からないですよぁ(汗&苦笑)。
May 13

What's Going On~国民投票法案成立

あ~国民投票法案が衆院参院を通過して来週には成立、かぁ。
まぁね。衆院は自公が実質仕切ってるからすんなり可決するのは読めていたけれど
参院は与野党がもっと攻防を繰り広げて与党の強行採決になるんじゃないか?
って予想していた俺って単なるおバカ?(汗)
だって、ニュースで参院のもようを見てたら、賛成の方は起立をお願いします、で、多数が起立して、それですんなり成立だもんなぁ。これってやっぱり拍子抜けだよなぁ。ったく野党はだらしないぞ。
とはいうものの最大野党の民主党のトップが小沢さんはともかく鳩山に菅だもんなぁ。しっかりせいっていう方が無理かぁ。
それにしても国民投票法案が成立したっていう事は
戦後ずっと続いてきた民主主義&平和憲法がついに改変されるっていう事だもんなぁ。
まぁあれでしょ?憲法を改変したい政治家っていうのは、憲法のなにを改変したいか?っていったら、ぶっちゃけ自衛隊の扱いな訳なんだよね?もっと海外に出て行ってバンバン戦争して人をたくさん殺して、それでもって自分達自衛隊も向こうから攻撃されて死傷者が出て‥っていうのを望んでいるっていうと語弊があるかも知れないけれど、結局はそういう事なんだし、そういう「まず海外派兵ありき」の大前提のもとに憲法改正が成されるんだから、これからの若い人は大変だろうね。
昔の軍隊や今の韓国みたいに徴兵制度が復活したりして、そうしたらただでさえ少子化高齢化が進む日本にいる数少ない若者が高齢者への年金負担と自衛隊徴兵のダブルパンチでしばかれるんだろうね。
あ~俺は年寄りで本当によかったよかった。
それにそれに、海外派兵が定常化すれば海外との軋轢も当然増えるだろうし、そうなれば日本が敵国視されるケースも多くもなるんだろうね。そういう海外からの脅威(っていっても自ら撒いた種なんだけれど、ね)の払拭に非核三原則も見直されたりして、ね。だって、憲法改正ってそういう事なんだから。
こんな風に書いてると、あ~また頭の弱いバカ(俺のこと‥汗)が変なこと書いてやがる。日本人がそう簡単に戦争に向かって方向転換する訳ないだろう、なんて思う人が出てくるかも知れないけれど、でもさ。今回決まった国民投票法案って、投票権を持つ有権者の全体数に対して実際の投票者の割合が何割(何パーセント)以下だったらその投票結果は無効っていうガイドランが全く決まっていないんでしょう?っていう事はさぁ。投票率が有権者の全体数のわずか10%でもその結果は有効だと判断されて憲法改正に繋がる訳で、多分政治家のことだから核の保有にしても海外派兵の増強にしても徴兵制度にしても、それをそのままストレートに俎上に乗せるとは考えられない訳なんだよなぁ。ってか、まず間違いなく右顧左眄して国民を煙に巻くような不可解な表現で遠まわしに遠まわしに、でも、真綿で首を絞めるように確実に核保有や海外派兵増強や徴兵制度の強制化を粛々と(笑)推進させるんだろうし、そうなった時に今のムードに流されまくりの情緒過多の民度と政治への関心度が最低に低い日本国民の国民投票制度の有権者の、もしも、仮にだよ?仮に6%がまんまと政治家の二枚舌の口車に乗せられて憲法改正賛成に票を投じたとして、その時の国民投票の投票率が10%だったとしたら、有権者全体の、わずか6%に過ぎない人間を騙すだけで憲法改正の投票は賛成過半数で成立しちゃうって事なんだよね。
今俺はわざとこんな風にちゃらんぽらんな文体で茶化すみたいに書いてるけれど、これって本っ当にこわい事だよね。
そのこわぁいこわぁい国民投票法案を、もう、これ以上はないっていうくらいにすんなり国会を通過させたのは自民公明連立政権なんだし、その自公に政権を持たせたのは他ならぬ俺たち有権者一人ひとりなんだよね。そう、どこかの誰かさんじゃなく、紛れも無く、お・れ・た・ち&わ・た・し・た・ち、なんだよね。
自民党をここまでのさばらせたのは誰がなんといおうと選挙結果(民意)なんだけれど、民主主義だから多数決で決まったことが正しいっていうのは、本当?って、今こそ再確認しなければいけないんじゃないのかな?
小さい時から民主主義万歳(マンセー)、多数決絶対って学校で嫌になるくらい頭の中に刷り込まれてみんな大人になっていくんだけれど、その民主主義と多数決の結果が自民党の信じられないくらいの長期政権なんだし、今回の国民投票法案の成立を生んでいるんだよね。これって本当に正しい選択による正しい結果なのかな?(笑)。
真面目なはなし、日本の行く末を考えたらそろそろ自民党にはいったん政権の座を降りて一休みしてもらう時期なんだろうし、そのための今年の夏の参院選挙なんだろうけれど、今のところ選挙熱は思いっきり低いしメディアもみんなも全然燃えていないって感じ。
この調子だとまだまだ自民党の政権は揺らぎ無く続くんだろうね。
まぁそれならそれで、憲法がどんな風に改正されても、そんな自民党を選んだのは自分達なんだっていう自覚がみんなにあれば無問題(モウマンタイ‥爆)って事で、憲法改正&国民投票法案可決万歳(マンセー)で、OK?
え?そういうお前はいつも選挙の時にどこに一票を投じているんだって?ハイハイ。俺はここかれこれしばらく、もうずぅっとずぅっと、なにがあろうと自民党にだけは絶対に票を入れないようにしておりますですよ。だって自民党に票を投じるって、思想信条云々以前に、どうしようもなくダサくってカッコ悪いもん(苦笑)。
 
May 06

GWこそ我が生活のデフォルト形式♪

目覚ましなしで起きたい時に起きる。
で、食べたい時に飯を喰らい
寝たくなったらまた眠り
読みたくなったら本を読み
観たくなったら映画を観
聴きたくなったら音楽を聴き
ぶらぶらしたくなったら散歩をし
どこかに行きたくなったらドライブをし
撮りたくなったら写真を撮り
呑みたくなったら酒を呑む。
おぉこの世の春♪(実際今は春だし‥笑)
このエントロピーの高い自堕落な生活こそ我が生活のデフォルト形式である事よ!!
やりたくないことややるべきことのすべてから開放され
こんな風にやりたいことだけして過ごせればどんなに人生が楽しい事か?
‥などと書くと、したり顔で
「ある程度の制約があるからこそ人生はメリハリがあるんだよ。」
といったお説教をする人が出て来そうだが
はっきりいって
俺は人生にメリハリが欲しい等とは毛ほども思っていないのだ!
(大爆笑)
なぜなら俺は先天性精神的水母人間なのだから。
要するにどこまでも骨抜きなのだ(苦笑)。
だからこのブログも
今回こうして書いてはいるが
そろそろ疲れて来たのでこのへんで文を締めさせてもらう(大笑)。
やっぱり人間、したいこと、やりたいことだけをしているのが一番幸せなのだ。
ジャズピアニストの山下洋輔も
「好きでもない事を無理やりしている人間の顔は歪んでいる」
といっているではないか!!
そんな訳で、それでは、また会う日まで!!!
‥と書いて終わってしまってはまるで俺がブログから撤退するみたいだし、それよりなによりあまりにも内容が薄過ぎるから、もう少しなにか書いてみよう。
5月4日に大阪の吹田市の遊園地で痛ましい事故が起きた。
ジェットコースターが脱線して乗客の女性一人が亡くなり、多数の怪我人が出たという事故だ。
こういう事故を目にすると、本当にもう、頭の中にビッグバンのように様々なものが膨れ上がる訳で、それらはいつも言葉にしたくても言葉に出来ない場合がほとんどなので、今回はちょっとがんばって言葉にしてみようと思う。
この事件はほんとうにせつない。
亡くなった方には非礼を承知でいわせてもらえば、人一人が死んだことがせつないのではない。事故が起きた状況がたまらなくせつないのだ。
機械の調子が悪いのに修理や点検をまめに行なっていたのでは例えば生産が立ち行かないからとかいった諸々の事情でとりあえずは騙し々々日々を過ごしているなどという職場を挙げてそれを糾弾し始めたら日本全土の、恐らくありとあらゆる「機械などを扱う仕事」はその剣先を免れないだろうなどという事はおよそなんらかの生産に携わったことがある人間なら、というよりも、仕事に就いたことのある人間なら誰でも分かる自明の理だ。これは軽作業だからとか、これは人の命にかかわるからだとか、そんな事は関係がなく、数字に残る形で生産や利益に寄与しない行為や時間は、どうしても軽んじられ後回しにされるものなのであり、たまたま人が死んだからといってその場限りのきれいごとをいっても始まらないし、というか、その場限りのきれいごとをいう事で、かえって問題の本質は深く深く隠蔽されてしまうものなのだ。
これは現場のメンテナンス担当者が悪いのか?現場のメンテナンスの担当者が、その技術的見解から今回の事故の元となった設備の老朽化に気付いていなかったはずはない。だが、だからといって彼または彼らメンテナンス担当者だけで一体なにが出来たというのか?彼ら現場の裏方達にアトラクションを止めて設備を丁寧にオーバーホールするだけの時間を作り出せるほどの権限が与えられていたとは到底思えないし、老朽化した部品と交換するための新品の部品を発注することひとつ取ってみても、そういった伝票を落すには経理の承認が必要不可欠なのだ。それに、もし仮にそういった新品部品の購入依頼が申請されていたとしても、その伝票を落さなかった経理に責任があるとも到底思えないのは、会社の経理というものの実情を知っている人間ならばいわずもがなのことだろう。ここで「企業というものは常に設備の整備に必要な時間と費用を捻出出来るだけの経済的な余裕がなければならない」などというと、それが単なる理想論になってしまうのも空しい。理想論を理想論のままにしておくことで日々現場の人間はかかなくてもいい労苦の汗を流し、事故に巻き込まれて怪我をし、指を落としたり骨折したり、または今回のように利用者が亡くなったりするのだ。
「点検はどうなっていたんだ?」
「毎年1回行なっていました。」
「だったら今年の点検表を提出するように。」
「それが今年はGW明けに点検する予定でした。」
といった報道される内容から推察出来る関係者のやりとりも哀しい。
問いただす側は責任逃れの材料を得るためだけに必死で、答える側は言い訳をするのに必死。どこまでいっても保身保身保身‥だ。仮にも何の罪もない、海外旅行にも行けなかった市井の人一人が尊い命を落としているにもかかわらず、である。
なにをいいたいか訳が分からなくなってきそうなので結論を書くが、俺がせつないのは、この事故で一番責任を感じている現場の人間には実は日常作業的には一番責任がなく、そういった日常作業処理的に見て一番の責任者であるはずの立場の人間が最も罪を逃れようと右顧左眄し、また、そういったニュースをTVや新聞で見聞きしている日本中の「そういった責任ある」立場にいる人間達が、こういったニュースに接してももう全然懲りていないだろうという現状なのだ。
地元のアトラクションパークはこの事故を受けて設備を緊急点検した結果、問題はなかったとの発表を地元メディアを通して行なったが、こういうリアクションにも俺は頭を抱えてしまう。大体、本当に常日頃からしっかりと点検していれば、そしてその点検作業と結果に自負と自身を持っていれば、例え他所でどんな事故が起きようとも緊急点検の必要など一切ないはずなのである。にもかかわらず緊急点検をしたというのは、とりもなおさず、そうした特別なアクションがなければ自分達の意思をメディアに公表する「理由」が得られないからで、ではそういった「理由」作りを敢えて行なってまで「問題がなかった」という結果をメディアに流したいという意思の裏にあるのは、そうする事で風評被害を恐れ、売り上げが落ちるのを嫌っての事だというのは火を見るよりも明らかだ。要するに
金が欲しい!こんな事で売り上げが減るのは嫌だ!!
というだけの事なのである。
実は世の職業という職業は、すべて大きな目で見ればサービス業なのだが、「サービスをする事で対価を得る」のと「利益を得るためにサービスをする」のは、一見似ているようでいて本当は全く正反対の別物であり、この履き違えこそが資本主義社会に根本的に根付く病巣だという事が出来るだろう。だがそういう事実に真摯に面と向かう人間ほどその人間は理想論者だという事で、理想論者は元来悲観的なものなので、そういう風に常に眉を八の字にしている様な理想論者=悲観論者は資本主義社会では鬱陶しがられ「お呼びでない」状態となり、それとは逆の楽観主義の現実論者がどんどんど資本主義社会を席巻することになる‥っと、ええと?理想論者が駆逐されるから現実論者が蔓延する?現実論者が蔓延するから理想論者が駆逐される?うぅむ、ニワトリが先か?卵が先か。1は卵、2は鳥(ニワトリ)などという下らない事をいっている場合ではなく、そんな風にして資本主義社会に楽観主義に後押しされた現実論者が台頭し続けてきた結果、日常社会は腐った膿をその内部に蓄積し続けることとなり、それが臨界点に達すると今回のような事故の発生という事態を招くのである。
まぁそうはいっても、人間社会が発展するためにはどうしても楽観的な現実主義者の台頭は必要不可欠なことなのだから、それはそれで仕方がないとしても、せめて彼ら現実主義者達に「どうでもいいけどいざという時の責任逃れだけはしてくれるなよ?」と切に頼みたい俺なのだが、まぁこれも無理な話なんだろうなぁ。
とかくこの世はままならぬ
というオチで、今回はOK?
April 01

祝りにゅうある♪

やったやった!
長いことの懸案事項だったブログのリ・ニュウアルが遂に終わったぞ!!
さまぁみやがれってんだ(なにがだ?‥汗)。
色々考えたが、約2年の間親しんできた「迷想」の二文字には、きっぱりと別れを告げる事にした。
今まで書いた迷想についてはバックナンバーとしてこのブログで読む事が出来るが
それをさらに推敲しお化粧直しをしたものを拙サイトの隠しページ「景(ひざし)」の中にテキストコンテンツとしてこれから随時移動させる事にする。
それにしても、もう4月だ。
しかも、あっなんという事だっ!今日はエイプリル・フールではないかっ!!
まさにこのブログの再出発に相応しい日である事よ。
テーマも変え、タイトルも変え、掲示板も新設して、花の門出を麒麟端麗生グリーンラベルで祝おうではないか!!
昨年秋からブログと拙サイトとミクシィの3本立てを企ててきたが
人間そんなに色んな事が一度に出来る生き物じゃあありません。
少なくとも、俺には無理だった。
結果、ブログは閑古鳥が泣き喚き、ミクシィに至っては完全な放置プレイ状態。
ブログでこんな事を書いてはイカんのだろうが、やっぱり俺的には一番がんばれるのは拙サイトなんだよな、これが。
よって今後このブログは
以前にも増してとりとめのないたわごとが溢れかえる事になるだろうが、その点ご容赦願いたい。
時々はブログのアクセスもチェックするのだが、
検索ワードとして多いのは「MSN」と「わたかのじま」(爆笑)。
MSNは、俺がかつてその隠蔽体質をいいかげん頭に来て書き殴った覚書がなぜか色んな人の検索に引っかかって、まぁ来るわ来るわ。こんなブログに来たって仕方がないのに(大笑)。
わたかのじまについては、今も三重県に現存する風俗島という事で、これも鼻の下を伸ばしきった阿呆共が、まぁ来るわ来るわ(大爆笑)。
最近極めつけに面白かったのは、アルファ159についてこのブログに触れた事だった。
こっちとしては、アルファ乗りの男を「(さも軽薄そうに)俺ってアルファ乗りだからさぁ」などと揶揄して、しかも、それを毛嫌いする若くてきれいな女の子がTVに出ていたことも逐一漏らさず書いたのだが、なぁぜかその文が本家アルファロメオの検索エンジンに引っかかって検索順の上位10位以内にランクインしてしまったみたいで、アルファ好きな連中が、まさかアルファ乗りの男を貶し揶揄しているブログであるとは夢にも思わずにまぁゾロゾロとアルファの検索エンジンに導かれて大挙訪問に相成った事、近来まれにみる痛快な出来事なり♪
故ジョン・レノンではないが、まさに「物言えば唇寒し‥」とはこの事で、自由気ままに好き勝手な事をしゃべって(書いて)いると、思わぬ所にその「流れ弾」が当たってしまうという現実の摩訶不思議。
で、そのアルファの一件でブログに文を書くことの重大さに改めて気付き、今後は気を引き締めて全方位的に神経を配って文を書こう‥などどは夢にも思わず(笑)、今後ますます好き勝手な文を書こう♪と心弾ませているのだから俺という成らず者、まったくもって性質(たち)が悪い。
今まで長文で神経を張り詰めてきた分だけ、今後は思いっきりダラけたブログの展開を考えているので、そこン所、ヨロシク!!‥などといいながら不意をついて超長文を載せるのも面白いかも知れないな。
さぁ次回の更新はいつ、どんな内容になる事やら。
February 26

なにがなにやら‥

最近めっきり迷想文を書いていない。
大体、ここにこうやって標準サイズの文字でタイピングしているような時点で、これはもう迷想ではない。
以前のような迷想を、もしこのサイズの大きさの文字で書いたら、凄まじいスペースが必要になってしまう(苦笑)。
 
最近まで、あまりメッセを立ち上げていなかった。
別にメッセをしたくなかった、という訳ではない。
ただ、なんやかんやと雑事をこなしていて、ふと寝る前になって、あぁ、そういえば、今日もメッセを立ち上げるのを忘れていたなぁ、と毎日のように思い出していた、というだけの話だ。
では、メッセを忘れる程の所用とは何ぞや?
それが、もうなぁんにも、本当に、ぜぇんぜん思い出せないのだ。あれ?俺、今日一日、PCでなにをしていたんだっけ?ってな具合だ。
かといってPCでなにもしていない訳ではない。撮影したフィルムをスキャンして加工したり、自サイトを運営したり、UPこそしないものの、思い出しては迷想を書いたり、それなりに色々なことをしている。
ただ、ここの所が自分でもうまく説明出来ないのだが、そんな風に精力的にPCと向かい合っているにもかかわらず、自分の中では、夜、呆けた顔でPCの前にいる自分の姿しか思い描くことが出来ないでいるのだ。これは一体何なのだろう?
 
自サイトのつぶやきという日記のコーナーでは、毎週なにがしか写真について書き記してはUPし続けている。
だから、そっちの俺しか知らない人は、俺のことを写真バカだと思っているだろうな、と思う。
ミクシィでは、毎週、ダイエットについてなにがしか書き記してはUPし続けている。
だから、そっちの俺しか知らない人は、俺のことをダイエットバカだと思っているだろうな、と思う。
で、ここでは、というと、こんな風にとりとめのない事ばかり、しかも思い出したように不定期に書き記してUPし続けている。
だから、ここの俺しか知らない人は、俺のことを単なるバカだと思っているだろうな、と思う。
自サイトとブログとミクシィを連動させれば、まるで収集がつかなくなる代わりに、なにか訳の分からないものが出来上がって、それはそれで面白いだろうな、とは思うが、今はかろうじてこのブログに自サイトへのリンクを貼っているだけで、自サイトではミクシィやブログには一切触れていないし、ミクシィでも自サイトやブログには一切触れていない。
そういうスタンスが多重人格みたいで面白いのだ。
 
‥などとつまらない事をぐだぐだと書いている間に、あっなんという事だっ!?!掲示板が消滅しているではないかっっ!!!いやぁ、さすがに書き込みがずっとなかったから、こういう事にもなるんじゃないかなとは薄々思ってはいたのだが、遂にそれが現実のものとなったとは。それにしても、消えてしまった掲示板をどうしよう?データはまるでバックアップしていないから復旧出来ないのは当然として、もう面倒臭いからこのまま掲示板なしのままで行こうか?でも、佐藤師匠とかが書き込みに来てくれた時に掲示板がないと困るから、やっぱり作らないといけないだろうか?う~ん、なかなかこれは悩むところだ。
 
話はまた変わるが、俺はこのブログで度々スモーカー(喫煙者)である自分をアピールしているが、実は2年ほど前からずっとパイプをくゆらせたいと思っていて、今年はそんな俺の「パイプデビュウ元年」にしたいのだが、それについてちょっと困っている事がある。というのは、パイプというものの扱いのむつかしさに、ちょっと手をこまねいている、という事なのだ。こんな風にパイプの扱いのむつかしさ等と書くと、パイプへの煙草の詰め方だとか煙草の葉の管理のし方だとかパイプのメンテナンスのし方だとかいった方向に話の流れが傾きがちなのだが、それはまぁ確かに今挙げたような事柄もむつかしいといえばむつかしいのだが、俺がいいたいのはそんな事ではなく、もっとメンタルな部分についてなのである。つまりそれはどういう事かというと、パイプに憧れて今年をパイプ元年にしたい等といっておきながら、その舌の根も乾かない内にこんな事をいうのもなんだが、例えばTVとかでパイプ愛好家が登場したりするのを今まで何度も見てきたが、はっきりいって、ただの一人の例外も無く
パイプ愛好家はいけすかない奴ばっかりなのだ。
そいつらのあまりの自意識過剰ぶり、薄っぺらさに耐え切れずに、俺はパイプ愛好家と称する人間がTVに出るのを見ると、見ているこっちの方が死にたくなるくらい恥ずかしくなって俯いてしまうか、チャンネルを変えてしまうのだ。
そういえば、スカパーの車の番組に出ていた女の子が、自分がアルファロメオが嫌いな理由として語っていたのが、「なんか、アルファ乗りの男って、みぃんな「(薄っぺらく自慢げに)俺ってアルファ乗りだからさぁ」みたいなタイプばっかりでしょう?あたし、あれがどうにも苦手で苦手で‥」と語っていたのがとても印象に残っている。
そういえば、俺の好きなフリーライターの須山浩継がジャズが嫌いな理由について、それは過去付き合った自称ジャズ好きの連中のことごとくが、実はジャズが好きというよりも、ジャズが好きな自分が好き、といった手合いばかりだったからだ、というような事をブログに書いていたのがとても印象に残っている。
女の子の嫌うアルファ乗りの男も、須山浩継が嫌うジャズ好きも、俺が嫌うパイプ愛好家も、実は全部共通項があって同じカッコでくくれそうな気がする今日この頃なのだ。
「アルファに乗っている俺って、カッコイイだろう?」
「ジャズを聴いている俺って、カッコイイだろう?」
「パイプをくゆらせている俺って、カッコイイだろう?」
そんな薄っぺらい自慢と自身のひけらかしには、本当に見ているこっちがいたたまれなくなってしまうのだ。
しかも最悪なことに、俺はパイプに興味があるだけでなく、アルファも大好きだし、ジャズもこよなく愛しているのだ。
こぉれは困った。俺は自分から自分が一番嫌いなタイプの人間像に急速に接近しようとしているのか?
俺がパイプを趣味にすることを「むつかしい」といったのは、どうやったら好きなパイプをくゆらせながらも自分の嫌いなタイプの人間にはならずにいられるかがむつかしい、という意味なのである。
むしろこうなったらいっそのこと、車をアルファに換えて、カーステでジャズを流しながらパイプをくゆらせてやろうか?などと自暴自棄な思いに駆られてしまうこともあるが、幸いにして車をアルファに換えられるだけの財源を、貧乏な成らず者の俺は今持ち合わせてはいない。あ~しかし金があればアルファ159の右ハンドルのセレスピードに乗りたいんだけれどなぁ(苦笑)。内装はベージュのレザーにしてボディはもちろん燃えるようなアルファレッド。服は黒系統で統一して、車内を低い音量のシャズで満たしながら、お気に入りのパイプでブルーノート(バイプ煙草の葉の種類の事だ)をくゆらせて‥などと妄想していても始まらない。大体こんな妄想をすること自体が、俺が俺の嫌う自意識過剰人間に近づいているなによりの証拠になってしまうではないか(大汗)。
いやはや、一体どうすれば嫌みったらしくならずにパイプをくゆらせる事が出来るのだろうか?ちなみに俺の理想のパイプスモーカーはムーミンパパである。
 
‥と、いうような事をだらだらと書いている間に、このブログの掲示板に続いて、またしても消滅事件が発生!
今度は俺の心血を注いでいるサイトの隠しページの「小さな葛籠(つづら)」「大きな葛籠(つづら)」が、二つ揃ってサーバ管理者に強制削除されてしまったのだ。
まったく、なんたることだ?!
誓っていうが、俺は公序良俗に反したり社会に悪影響を及ぼしたりするようなサイト作りは一切行っていない。それは俺のサイトを見に来てくれた人ならなにもいわなくてもよく分かるはずのことだ。なのにもかかわらず運営者に何の断りもなく突然の一方的な強制削除。しかもその理由が、規約違反だというが、規約のどの部分にどんな風に違反したのかは一切あちらさん(サーバ管理者)はだんまりを決め込んでいる。一体あの隠しページを作るのに、スキャナを買いPCを買い替え、どれだけの金と時間と根気をかけたか、それはもう、その隠しページを作り終えた事でフヌケ状態になってしまった事からも伺えようというものだが、その隠しページがまるまるごっそり削除されてしまったのだ。
カアアアアアァァァァァァァァッと頭に血が昇り、怒髪天を突き、怒りで目が眩んだが、ここで短絡的に爆発しては大人気ない。俺は一晩寝て対策を考えた。そして翌日、まだ怒りが治まらないので、もう一晩寝て対策を考えた。ところが、二晩寝てもまだ怒りが治まらない。これはもう、そっち(サーバ管理者)がそういうやり口で来るのなら、こっちもそれなりのやり方をするしかないだろう、という結論に達し、幸い削除されていない第3の隠しページ「景(ひざし)」を悪用する事にした。
普通隠しページというのは、自分が取得したHP用のドメイン内(?)にデータを置く場合がほとんどだと思うが、俺は隠しページ用に別ドメインを取得していて、リンクはそのドメインに飛ぶ形で行われる。だから、あちらさん(管理者)は、その隠しページをひとつのサイトとして認識したのだろうが、どっこい実はそのドメインは本家本元のサイト(「幽玄郷」)からの単なるリンク先でしかなかった、という訳なのだ。これがもし本家本元のサイト「幽玄郷」をチェックされて、そこの隠しページを見つけられて何らかの理由で削除の対象になったのだとしたら、多分削除は隠しページのドメインにではなく、本家本元のサイト「幽玄郷」のドメインに対して行われていただろうと推測する。そして、それが行われずに隠しページが削除されたという事は、あちらさんは本家「幽玄郷」と隠しページの関係に気付いていないだろうという事も推測できる。
そこで俺はまず、生きている隠しページ「景(ひざし)」用のドメイン内に、消された隠しページ「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」のためのフォルダをそれぞれ作り、その中に隠しページ「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」用のデータをすべてブチ込んだ。そして、本家「幽玄郷」から隠しページ「景(ひざし)」を経由して「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」にリンクを貼ったのだ。
これはつまりどういう事かというと、隠しページ「景(ひざし)」のドメイン内にあるにもかかわらず、隠しページ「景(ひざし)」から「小さな葛籠(つづら)」「大きな葛籠(つづら)」へは決して直接飛ぶ事が出来ないという事で、だから通り一遍に隠しページ「景(びざし)」を閲覧チェックしただけでは「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」は決して見つける事が出来ない。そしてその一方で、本家「幽玄郷」からも、隠しページを探すという面倒臭い手順を踏まなければ「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」は決して見つける事が出来ない、という事なのである。
この説明でよく分からなければ、ちょっとSFっぽい説明になるが、隠しページ「景(ひざし)」というお屋敷の中に俺は「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」という隠し部屋をこっそり作ったが、この部屋には窓もドアもなにもない。つまり入り口がまったくない完全な密室をふたつ作った、という事なのである。このふたつの部屋の中にはワープ装置が置かれていて、お屋敷「景(ひざし)」から遠く離れた町のお屋敷「幽玄郷」の中にあるワープ装置を使わないとお屋敷「景(ひざし)」の中の密室「小さな葛籠(つづら)」と「大きな葛籠(つづら)」を訪れることは決して出来ないが、このワープ装置自体が、お屋敷「幽玄郷」の中に、ちょっとやそっとでは見つからないようにこっそり隠してある、という事なのだ。だから、通り一遍の探索ではお屋敷「景(ひざし)」の中に隠し部屋があるとは誰にも分からないし、お屋敷「幽玄郷」の中に置いてあるワープ装置も見つかりにくいように隠してあるから、通り一遍の探索ではお屋敷「幽玄郷」の中に別の町のお屋敷「景(ひざし)」の中の密室に通じるワープ装置がある事自体発見出来ないだろう、という話なのだ。
サーバ管理者がどれだけ熱意と知恵をもって俺のサイトを撲滅しにかかろうとしているかは知らないが、幾多ものサイトを抱えている状態でひとつのサイトにどこまで根気よく関われるか?を考えると、このトリックはちょっとやそっとではバレないだろうと思われる(大笑)。サーバ管理者め!消せるもんなら消してみろってんだ!!
唯一心配なのは、隠しページ「景(ひざし)」そのものもその内削除されてしまうかもしれないという事だけだが、なに、その頃までにはまた別のサーバを探して移転の手続きは準備万端整っているように段取りをしておけばいいだけの話だ。わっはっは!!!
 
‥などと高笑いをしている内にもう2月も終わりだ。
いくら放置ブログとはいえ(笑)、さすがに月1更新もしないというのはちょっとマズいだろう。というか、大体こうやってシコシコと下書きを続けているのだから、いざとなったら適当な所で文をスパっと終わらせてヘイ一丁あがりぃってなもんでポンポンとUPすればいいだけの話なのだが、そうしないのは実はちょっと考えていたことがあったからで、ではなにを考えていたのかというと、実はこのブログのタイトルを変えようかな?と思っているのだ。というのも、とてもではないが今のこの状態では迷想記の名を冠し続ける訳にはいかないだろうという事で、このままズルズルと「まだ書けない、まだ推敲中」などといいながら迷想記の名に拘るよりは、もういっその事潔くここらで迷想記の名前を捨てて新しい名前にしてしまおう、と思って新しい名前になにかいい名前がないか模索し続けていたのだ。で、この度めでたくAkiyoさんの助力もあり新しい名前を考えつく事が出来た。だから迷想記としてのブログは今回のこのUPが最後だ。次回は新しい名前に変わっての再スタートとなる。
 
‥などとタイトルとの決別に際して遠い目をして過去を振り返っている間にも続々と(?)訪問者は訪れ続け、いつしか8000HITを軽く越えてしまった。こんなクソジジィのたわごとブログに8000HITとは、なんとまぁ世間様というのは有難い存在である事よ!!
ちなみにめでたいゾロ目の7並び「7777HIT」を踏んだのは相互リンクをしてくれているnostalgiaさんだった。
nostalgiaさん、なにも出ないけれど(笑)本当におめでとう!!!
 
次回のUPがいつになるかわからないが、大幅リニューアル&タイトル変更&掲示板新設でお目見えしたい。
January 13

どないなってんねん?

ハッピーバースデー俺♪と、誰もいってくれないので自分で自分にいってみるテスト‥
等と2ちゃんねる遊びをしている場合ではない。
今朝、予約制の開業医の所に診察に行った。
前回の診察日が大体1ヶ月前。1ヵ月後の予約という事で、医師は予定表を広げながら、「朝の9時40分はどうでしょうか?」
と俺に聞いてきた。俺としても診察など早く済ませれば済ませるほど土曜日を有効に使えるので全く異存はなく、それでOKした。ちなみに、今までそこの医院には何度も通院しているが、ざっくり大まかに計算して1人当たりの診察時間は大体10分程度である。月に1度しか通院しない俺でもそれくらいの事は分かる。という事は、ましてや当の医師本人はもっと自分の診察時間を自覚しているはずだ、と、俺は愚かにも医師などという魑魅魍魎を信用してしまったのが大間違いだった。
そこの医院は午前9時30分から診察時間がスタートするから、1人に10分かかるとして、医師が俺に9時40分を割り当てたという事は、俺の前には予約している患者は1人しかいないはずである。ところがどうした事か、俺に診察の順番が回ってくるまでに俺の前に名前を呼ばれた患者は合計で3人もいやがった。
おい、ちょっと待てよ!?!
3人いるんだったら、1人当たり10分診察に時間がかかるとしたら、当然俺の診察予約時間は午前10時になるはずだろうが?!それがなぜ9時40分なんだ?大体、実際俺の診察が始まったのが午前10時じゃないか!!!病院や開業医の診察で予約時間を過ぎても延々と待たされることに不満を漏らすと、必ず医療関係者から、裏方がどれだけ忙しく立ち働いて苦労しているかという反論や泣きが入ったりするが、それはまぁ確かにそういう多忙を極める部分もなきにしもあらずだとは思うが、それより何より、誰がどう考えてもそれじゃ無理だろうという予約時間を設定するという医師の精神構造、というと聞こえはいいが、ぶっちゃけ了見ないしは根性の腐れ具合が患者の待ち時間を引き延ばしている、というこれがいい証拠なのではないか?
等という事を感じながらも診察を終え、その足でBOOKOFFに向かい、店内に入ると脇目も振らずに中古DVD売り場に直行。面白い掘り出し物はないかと目の色を変えて物色し始める俺(苦笑)。お、ジャン・レノのクリムゾン・リバー2があるじゃないか。いくらだ?なに?3100円?高い!高過ぎる!!ふと横に目をやると、そのクリムゾン・リバー2と、前作クリムゾン・リバーのDVDがセットになったBOXが売られている。これはいくらだ?なに?3200円?!じゃあ、リバー2の3100円っていう値段は、一体何なんだ?!(笑)。う~ん、買おうか、買うまいか、悩むなぁ、と思いながらもさらにその横に目をやると、少し離れた場所に、そのリバー&リバー2のDVDセットBOXがもうひとつ置いてある。分かる人には分かるだろうが、こういうのを見つけるのを虫の知らせ、または天啓、という。つまり、人智を超えた運命的な力が、俺とそのDVDセットBOXを引き合わせたのである。そうに違いない。だってそうではないか?そうでなかったら、わざわざ少し離れた場所に同じものがもうひとつ置かれている理由がまったく説明つかないではないか!‥という自分の勘を信じて迷わずそのDVDセットBOXに手を伸ばして値段を見ると、ほら!やっぱり!!同じDVDセットBOXなのにもかかわらず、少し離れた所に置いてあったDVDセットBOXは3000円で売られているではないか!という事でリバー&リバー2のDVDセットBOXを3000円でお買い上げ♪。
こんな風にちょっといい買い物が出来ると、ついでにもうひとつなにかDVDを買いたくなってくる。そこでさらに売り場を物色していると、「郵便配達は2度ベルを鳴らす」を見つけた。ジャック・ニコルソンとジェシカ・ラングが競演した、2度といわず、3度でも4度でも、何度でもいいから気の済むまでベルを鳴らし続けてくれ!!と叫びたくなるくらいとてつもなくエロいサスペンス映画だ。値段を見ると1000円ジャスト。これはもちろん「買い」である。それにしてもジェシカ・ラングという女優は、この「郵便配達は2度ベルを鳴らす」で思いっきり「化けた」女優だ。この人はデビュウがハリウッドの奥山和由と俺が呼んでいるディーノ・デ・ラウレンティスが製作した「キングコング」のリメイク版で、コングに捕まり一方的に惚れられてキャアキャア悲鳴を上げるだけの一発女優だと俺は思い込んでいた。ところが向こうの女優の基礎体力は凄い。悪いが、日本の女優とはそこら辺が全然別物なのである。昔、女囚が留置所の中で警官にレイプされるというストーリーをリアルかつセンセーショナルに描いた「ジャクソン・ジェイル」という映画があって、この映画に主演したイベット・ミミュウという女優なんかも、さしずめ今の日本でいえばVシネお色気女優といった風体だったのだが、このイベット・ミミュウなどもそうした映画に出る一方で端正に詩を朗読したアナログレコードを発売したりしていて、こういうのも俺が向こうの女優は基礎体力があるなぁ、と思う所以なのだが、例えば中井貴恵だと思ったが、アメリカ旅行の際にイミグレーションで職業を聞かれ、女優だと答えたら、じゃあ歌を唄ってみせてくれ、といわれ、私は歌が唄えない、と答えると、じゃあダンスをしてくれ、といわれ、ダンスも踊れない、と答えると税関の管理員に、お前、歌もダンスも出来なくて、どうして女優なんだ?とあきれられたというが、このように向こうの女優は演技はもちろん歌ダンスなども含めた総合的な表現力の訓練が本当にみっちり仕込まれていて、えぇと「郵便配達は2度ベルを鳴らす」の話だったが、この映画のジェシカ・ラングなども「キングコング」などというハッタリ映画に出演しているとはいえ、その基礎体力は相当に深くしっかりしたものがあり、それを目の当たりに見せてくれたのがこの「郵便配達は2度ベルを鳴らす」で、その証拠にこの映画でジェシカ・ラングは堂々と主役を張っているばかりか、あのハリウッド屈指の演技派男優のジャック・ニコルソンと見事に渡り合っているのである。「郵便配達は2度ベルを鳴らす」は、このジェシカ・ラングとジャック・ニコルソンの火花を散らすエロい演技合戦がもうとにかく物凄いのひとことで、それが1000円で買えるというのは、もう誰がどう考えても「買い」以外のなにものでもないのである、などと自身の浪費癖をブログで必死になって正当化しようとしている俺は一体なんなのだろう?(苦笑)。
そんなこんなでレジで会計を済ませると、今BOOKOFFではキャンペーンをやっていて、500円毎にスタンプを押した専用はがきをくれて、それに切手を貼って送ると色々な景品が当たる、という。俺は4000円の買い物をしたので、スタンプは8つ。スタンプ8つに相当する景品はDVDレコーダーだという。あっなんということだっ!?!DVDレコーダーといえば、今俺が一番欲しいもののひとつではないかっ!!(大笑)。もう懸賞に当たって景品を貰ったつもりになる俺というのは、一体どういう精神構造をしているお調子者なのだろう?
BOOKOFFを後にした俺はその足でエイデン袋井店に向かう。エイデンというのは、全国的な展開をしているかどうかは分からないが、ここらへんではちょっとした有名家電店だ。で、なぜそこにいったか?というと、DVD-RとCD-Rを買うためで、ではなぜDVD-RとCD-Rを買うのか?といえば、これはもうレンタルしたり友達から借りたりしたDVDやCDをコピーするためである。DVD-Rといえば、静岡県の西部ではマクセルとリコーが抜きん出て安いが、これも全国的なものなのだろうか?ちなみにマクセルとリコーの両方のDVD-Rを使った俺としては、断然リコーをお勧めしたい。というのも、マクセルもリコーも8倍速書き込み対応と謳っているが、その実マクセルは書き込み時に4.8倍速から5.2倍速くらいしか速度が出ないのに対して、リコーはちゃんと8倍速が出る。つまり、リコーの方がエラい(敢えて利口、とは書かない‥笑)のである。もしこれを読んでいる人で安いDVD-Rメディアを探して家電店に行き、リコーとマクセルが並んでいるのを見たら、だからリコーを買うことを強く勧める俺なのである。ちなみに俺はリコーとは縁もゆかりもなく、だからリコーの手先ではないので念のため。
しかしエイデンには騙された。なにがって?それは、会員カードである。お安くなりますよ、などとそそのかされてカードを作ったはいいが、毎年カード代金として1000円が銀行口座から有無を言わさず引き落とされるこの不条理。そうして、ではその1000円分買い物をすることでポイントがつくかといえば、確かエイデンは買い物100円毎に1ポイント。1ポイントは1円だから、1000円分ポイントを貯めようとすると年に10万円電化製品を買わなければならない。これのどこが一体「お得」だというのだろう?あちらさんにいわせれば、会員特典割引が適用されます、等と言う寝言をほざくだろうが、今時電化製品だったらネットの価格.comなどで調べて買ったほうが、送料振込み手数料を入れてもエイデンの割引価格なんかよりもずっと安いのである。にもかかわらずにエイデンの口車にまんまと乗せられてカードを作ってしまう俺の脳みその足りなさ具合というのは、これはもう本当に深刻な問題だが、それはともかく‥
エイデン袋井店を出た俺は、さらに今度は靴屋さんに行った。そろそろ新しい靴も欲しかったところだし、自分への誕生日プレゼントに靴なんてお洒落じゃないか!と思ったからだ。といっても貧乏人の成らず者だから予算はまるでない。ただでさえ予算がない所にもってきて、DVDとメディアをしこたま買ってしまったからますます金がない。それでも靴を見ていると欲しい靴があった。サイズを見ると、色々あるが、俺が欲しい26.0だけがない。あ~靴屋ってやっぱりこれがあるから嫌なんだよなぁ、とゲンナリしながらも、ダメ元で25.5を履いてみると、なんとこれがピッタリ♪。あぁこれも運命これも縁、ということで、レザーのカジュアルシューズの現品特価品を3990円でお買い上げ♪
で、自宅に戻って昼飯を食べて牛になっていた俺なのだが、やおらムックリと起き上がってまた服を着替え、今度は地元の大須賀というところに愛車のローバーを走らせた。ここはなんでも昔大須賀城というお城があったそうで、城下町として栄えた名残が幽かに残る古い街だ。こういう所に俺が足を向ける理由はただひとつ。そう、それは写真を撮るためである。持って行ったカメラは小西六(後のコニカミノルタだ)のPearl ⅡとマミヤのMAMIYA6というこれまた旧いスプリングカメラだ。両方ブローニのリバーサルフィルムを装填してある。やはり古い街並みは旧いカメラで撮ってこそなんぼなのである。とはいうものの、不測の事態に備えてキャノンのEOS10とミノルタのデジカメも持っていくところがいかにも小心者な俺らしい(苦笑)。で、撮影はというと、幸い不測の事態には見舞われずにつつがなく終えることが出来た。木枯らしが身を斬る寒い冬の午後だったが、多分歩き回った甲斐があるいい写真が撮れていることだろう。帰りに古本市場というところに寄ると、俺の好きなヴィクター・ラズロのCDが中古で500円で売っていたので、これもお買い上げ♪。ちなみにこのヴィクター・ラズロという人はフランスの人なのだが、80~90年代にかけて、シャーデー、スザンヌ・ヴェガと並んでヨーロッパ3大才女と呼ばれたシンガーだ。実に雰囲気のある味わい深いシンガーで、俺は彼女が大のお気に入りなのである。
そんなこんなで夕焼け小焼けで日も暮れてきたのでお家に帰って夕食。部屋に戻ってパソを覗いてみれば、繋ぎっぱなしにしていたWinnyでエロに混じってブライアン・デ・パルマ監督、トム・ハンクス、ブルース・ウィリスの出ている「虚栄のかがり火」が落ちてきているではないか!もう本当に、やったねっ!♪!といった感じである。これがあるからWinnyは止められない(爆笑)。
こんな風に写真を撮り、映画を観、しかし実は最近めっきり本を読んでいない。これは由々しき事態である。一体なぜだろう?と部屋でしばし沈思黙考。チーンとレンジの音がなるような感じで答えは出た。理由は簡単なことだった。俺は今自分が本当に読みたい本を読んでいなかったからである。あまり読みたくない本を読もうとしても頁が進まないのは当たり前だ。ちなみに今俺が読みかけの本というのはなにかというと、大沢在昌の「Kの日々」と志水辰夫の「男坂」だ。どちらも俺の大大大フェイバリットな作家であり、だから本当には読みたくない本とはいうものの、全然読みたくない本という訳では決してない。にもかかわらず頁が進まないというのはどういう事かというと、俺には本当は、その大大大フェイバリットな二人よりももっともっともっともっと読みたい作家がいた、という事で、それは誰かといえば、他ならぬ馳星周である。そうなのだ。俺は今、とことんどす黒いダークなものをこそ求めていたのだ。そうと分かれば答えはひとつ。馳星周の本を買いにいくのみだ。もう夜だし風呂にも入ってしまっていたが、湯冷めを覚悟で服を着替え、愛車ローバーで再び古本市場へと向かう。カーステに繋いだiPodで流すBGMはアン・ルイスの「あゝ無情」だ。そう、あの、♪キレイでしょ、ヒラヒラと、いい女でしょ。見かけより尽くすタイプね♪の、あの「あゝ無情」だ。土曜の夜の国道に車を走らせるにはアン・ルイスはもってこいの選曲だな、と我ながら深く納得する。ただしこれはオリジナルではなく、アン・ルイスがセルフカバーしたものだ。もちろんオリジナルはオリジナルで充分にいい曲なのだが、こと「あゝ無情」に限って言えば、セルフカバーはオリジナルを完全に凌駕している、と思う。というのも、このセルフカバー。なにしろ現代に再録されただけあって音が無駄に分厚いのである。この分厚さがとにかくイイ。元々が「あゝ無情」の母体(?)になっている歌謡ロックそのものが洋楽のハードロックの、その最も重要なキモであるスピリッツだけを無視して(笑)、ギターのリフだとかいった音楽的な装飾を積極的に取り入れた音楽ジャンルだった訳だから、それを更に分厚くするということは、例えに出すのはどうかとも思うが、一時期のキリスト教美術がそうだったように、もうこれ以上はないというくらいに装飾過多になってしまっていて、これが、これも例えに出すのはどうかとも思うが、温泉地のストリップ小屋に出てくる50歳台のストリッパーのように限界を越えてケバケバしく、それが曲調とこれ以上はないというくらいに壮絶にマッチしているのである。あっ俺は今とんでもない真理を書いているぞ!!すなわち、洋楽ロックの音楽的装飾を追及するとそれはキリスト教美術に至り、そこには場末の大年増ストリッパーの姿が宿る、だ。しかも、それを唄っているアン・ルイスの声がもう絶品なのである。若い頃のアン・ルイスも砂糖菓子のようなガーリーさと共になんともいえないハスキーさを併せ持った声をしていたが、年をとって低く、太くなった(姿、ではなく、声の話だ)今のアン・ルイスの喉は、酒枯れというか、煙草枯れというか、ハスキーさにさらに磨きと拍車がかかり、装飾過多の音楽と相まって、こういっては御幣があるが、醜いものだけが強烈に発散することを許される最強の美しさ=カッコよさに満ち溢れているのである。そんな演奏とそんなアン・ルイスの声で、しかも、よりによって「あゝ無情」を歌われた日には、ましてやそれが土曜の夜の国道のドライブともなれば、もうエンジンでいえばレヴリミットを軽々突破の状態そのものだ。
とにかくまぁそんな訳で再び古本市場を訪れた俺は、今日が自分の誕生日だという事もあり、馳星周の「生誕祭」上下巻をお買い上げ♪そしてBOOKOFFの懸賞はがきをポストに投函しつつ帰途に就き、そうして部屋に戻ってこうして記念すべき誕生日ブログをタイピングしている、という訳なのである。
しかしまったく、なんとまぁせわしなく雑然とした誕生日であることか?だがだからこそそれはどこまでも俺の誕生日らしい誕生日なのだという事が出来るだろう。
再び話をアン・ルイスに戻せば、アン・ルイスと馳星周の共通点は醜さのみが表現することを許される美しさ、という事になるだろう。そしてそれは、実は写真にも通じる、というか、それこそが今年の俺の写真の裏テーマでもある。新しいものや綺麗なものは、確かに素直に美しい、だが、枯れ始めた花や腐った果実、干からびた死骸、廃墟といった被写体にも、俺は新しいものや綺麗なもの以上に心を惹かれてしまうのである。考えてみれば、旧い街並みに惹かれるのも、それが朽ち果てていく景色だからだ。なんということだ。誕生日のブログで自身の考察をまとめることで、俺は自分が内心に掲げた今年の写真の裏テーマであるところの醜さの持つ美しさを、改めて強く再認識することになってしまった(笑)。
そんなこんなで合点もいき、納得も出来、時間ももうすぐ夜12時だということもあり、このブログはぜひとも13日中にUPしたいので、ここら辺で唐突に文を締めさせて頂く。
 

まこりん

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成らず者です。
サディストです(苦笑)。
でも普段は(他人から見ると)フェミニストらしいです(汗)。
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